Rally Driver Takero Oda 織田岳郎

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第1ステージでドライブシャフトを折ってリタイヤしたくせにちっとも反省していない織田がナビから平手チョップをあびる寸前の写真
昭和58年(1983年) 普通免許取得。セリカリフトバックを購入。
バイト先の知人があんまりスターレットが速いと威張るので軽い気持ちで冷やかしに行ったら モータースポーツの世界にはまるはめに。

昭和59年(1984年) B級ライセンス取得。
同年友人のカムリGTでジムカーナデビュー BBに終わる
やはり知人のKP61スターレットでダートラデビュー。バックギアをコナゴナに砕く。
その知人に弁償の代わりにナビを頼まれナビゲーターデビュー。ゲロでドアを汚す。
彼女にふられる「私と車とどっちが大切なの?」「車」

昭和60年(1985年) ふられたショックにめげずに憧れのAE86購入。本格的にジムカーナを頑張ることに。
当時最強のショック ポテンザジムカーナを装着。
当時最軽量のホイール SuperLAP装着。
調子に乗って借金がかさみ、 当時全日本ドライバーだった園田さんが店長の店でバイトして返すはめに。 だが、店の人たちとのマージャンでなお借金が増えるはめに。

1000分の1秒を競う世界に嫌気がさし、ラリーに転向。86をラリー仕様に改造。
練習中に友人のファミリア4WDを全損させ、しばらくおとなしくするはめに。

昭和63年(1988年) 10万円でK10マーチを購入。ラリー仕様に。といってもショックとガードとタイヤだけ。 初めてのドライバー参加は地方選手権。生き残り作戦でAクラス3位に。
この年は全戦入賞という快挙を成し遂げた。地方選手権最終戦はなんと2位だった。
この年の暮れ、練習会ラリーでマーチ全損。

同年 代わりにFFパルサー購入。
FFパルサーはクソ遅かった。

平成3年(1991年) JT191Fジェミニ購入。
ジェミニで中部戦はそこそこ楽しかったが、DE(近畿・中部)地方選手権でAクラスの島田雅道選手にキロ10秒チギられる。 ショックで平成5年MIVECミラージュ(CA4A)購入を決意。

平成5年(1993年) しばらくMIVECミラージュで地方選手権を楽しむ。5〜6位あたりをうろちょろ。このころはダートが楽しかった。 舗装の走らせ方がわからなくなり、セッティングに悩んだあげくにマスクラリーでミラージュクラッシュ、全損。

平成9年(1997年) WRCインドネシアに英語が少しわかるというだけでマネージャ(監督)として参加。これはとても楽しかった。

同年 WRCに出ようと思い、AE101購入。グループAに改造しようとするも、インドネシア暴動で意気消沈。 なし崩しに。AE101はナビが持っていってしまった。

平成10年(1998年) 友人に誘われ、ミラージュ4WD(CC4A)で全日本線に参戦。ろくに補強しないままだったのでボロボロになったが、 平成15年(2003年)の大分では最終SSまでトップだった。中部のドライバーは舗装に強い!

平成16年(2004年) ミラージュ4WD売却。北海道で頑張っているはず。
ランサーをノンターボ化しようと、エボ1購入。面倒になってしまって売却。 恐らくマレーシアあたりで部品になっているはず。

同年 GC8(スバル・インプレッサ)を日常の足として購入。すぐにブレーキとショック・サスを交換。HIDも導入。ブリットフルバケも購入。


保有資格:
JAF公認 国内競技ライセンス A級
JAF公認 国内競技審判員 コースB1級


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